サマーセミナー「市民健康講座」(since 1997)
<主催:大津医学生会・同OB会、後援:大津市・大津市医師会>
2003年から2011年の9年間で、当院における手術件数は腰椎椎間板ヘルニアが215件、腰部脊柱管狭窄症が211件であり、この2疾患だけで全脊椎手術の約1/3を占めています。手術件数を部位別で見ると、腰椎が過半数を占めており、頚椎、胸椎が続きます。腰椎椎間板ヘルニアを手術した年齢別分布は、30歳代と50歳代の二峰性になっています。それに対し、腰部脊柱管狭窄症に対して手術を行った年齢別分布では、より高齢者が多く、70歳代が最も多いことが分かります。
日本は、2007年には65歳以上が人口に占める割合が21%に到達しており、高齢化が進んでいます。先進諸国の中でも高齢化は日本で顕著であり、2050年には約40%が65歳以上になると予測されています。少子化に伴い、人口ピラミッドは変化を続け、生産年齢人口の老年人口に対する比率は、2050年には1.2まで減少するといわれています。高齢化が進むとともに、腰部脊柱管狭窄症の罹患率や手術件数は比例して増加することが予想されます。
さて、腰部脊柱管狭窄症という病名は、桂歌丸さんや、みのもんたさんが手術されたことから有名になりました。腰部脊柱管狭窄症の典型的なMRIを示します。馬尾が全周性に圧排されているのが分かります。横断像を見ると、正常脊柱管に比べ、著しく狭くなっているのが分かります(写真1)。

写真1
どのくらい脊柱管が狭いと症状が出現するかというと、50mm以下の硬膜管面積と終板障害をともなう症例では症状増悪の可能性が高いという報告がされていますが、糖尿病や高血圧症のような明確な診断基準がありません。狭窄があると診断されても、症状のない人は多いのです。
腰部脊柱管狭窄症の症状としては、腰痛、神経痛、しびれ感、下肢の知覚運動障害(麻痺)、間欠跛行、膀胱直腸障害などがあります。腰部脊柱管狭窄症の自己記入式診断サポートツールというものがあります(図1)。お手元にお配りした質問に、はい、いいえでお答えいただきます。質問1〜4のうち全てが"はい"になった場合、腰部脊柱管狭窄症と判定します。また、質問1〜4のうち1つ以上が"はい"で、かつ質問5〜10のうち2つ以上が"はい"の場合、馬尾障害を有する腰部脊柱管狭窄症である可能性が高くなります。一度お試しください。
- 太ももからふくらはぎやすねにかけて、しびれや痛みがある はい いいえ
- しびれや痛みはしばらく歩くと強くなり、休むと楽になる はい いいえ
- しばらく立っているだけでも、太ももからふくらはぎやすねにかけて、
しびれたり痛くなったりする はい いいえ
- 前かがみになると、しびれや痛みは楽になる はい いいえ
- しびれはあるが痛みはない はい いいえ
- しびれや痛みは足の裏側にある はい いいえ
- 両足の裏側にしびれがある はい いいえ
- おしりの周りにしびれが出る はい いいえ
- おしりの周りにほてりが出る はい いいえ
- 歩くと尿が出そうになる はい いいえ
質問1〜4のうち全てが"はい"になった場合、腰部脊柱管狭窄症と判定します
質問1〜4のうち1つ以上が“はい"で、かつ質問5〜10のうち2つ以上が“はい"の場合、馬尾障害を有する腰部脊柱管狭窄症である可能性が高くなります。
歩行により、下肢の疼痛、しびれ、脱力が出現、あるいは増強し、歩行困難になるが、しばらく休息すると、症状が改善し歩行可能となり、また歩行すると同様の症状が出現する現象を間欠跛行といいます。バス停の一区間あるくのに、ふくらはぎが痛むので、何度もしゃがんで休むとか、坂道の上りはいいが、下りになると下肢のしびれがひどくなったり痛くなったりするが、自転車ならいくらでも乗れるというのが典型的です。間欠跛行は神経根の静脈系のうっ血や、動脈系の血流低下、疎血、虚血、または直接圧迫刺激などの組み合わせによって生じると言われています。
腰部脊柱管狭窄症は、腰部の脊柱管が狭くなり、中に存在する馬尾・神経根が慢性的に絞扼されて神経症状が生じた状態の総称であり、症候群であります。なぜ血流が低下するのでしょう。歩行によって硬膜圧が変化するという発表があります。歩行開始により直ちに硬膜圧は上昇し、歩行中は頻回に圧の上昇と下降が生じると報告されています。通常歩行時、前屈歩行時および自転車駆動時の圧の変化も報告されております。前屈歩行では通常歩行よりも圧の上昇が低く、自転車駆動は圧の上昇が見られません。患者さんは、自転車ならいくらでも乗れますよと、自分は病気じゃないということをアピールされます。
姿勢との関係も報告されています。臥位に比べると直立位で約4倍、後屈位で約6倍に硬膜圧が上昇します。頚椎での動態MRIを示します。前屈位に比べて後屈位では脊柱管が狭窄しているのが分かります。臥位で撮像したMRIでは明らかな脊柱管の狭窄を認めませんが、脊髄造影を行い、立位で撮像すると、各椎間に狭窄を生じているのが分かります。
以上より、下肢の症状を誘発する姿勢は歩行時、立位時および後屈時であることがわかります。よって、症状がでない歩き方は、前かがみで、小股で、ゆっくりと歩くことと、杖や押し車を使うことです(写真2)。安静にしていれば症状は出ません。

写真2
腰部脊柱管狭窄症は生死を分ける疾患ではありませんが、このような歩き方や姿勢を強いられる状況では生活の質が低くならざるを得ません。生き生きとした人生を取り戻していただくために、いかに治療をうまく進めて行くかが、本疾患に対する治療の醍醐味でもあります。
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