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自然環境
南極での自然環境として、まず思い浮かぶのが低温であると思います。低温によって生じる医療面での問題は凍傷と低体温症があります。凍傷にはI-II度の表在性の凍傷は多くの場合後遺障害を残すことなく治癒しますが、III-IV度の深達性の凍傷は何らかの形で組織の損傷を残すことが多いです。昭和基地は南極でも比較的「穏やかな」気候の地域になりますが、それでも冬季は−40℃になり、素手で屋外の金属を触れると一瞬で凍傷になります。実際私も屋外に出していたカメラ三脚を屋内に持ち込んだあと素手で触ってしまい、I度の凍傷になりました。熱傷の初期治療に冷水での冷却が推奨されているのと同様に、凍傷の局所治療としては温水での加温が最も良いとされています。しかし凍傷の部位に熱傷を来した場合と、いったん解凍した後に再度凍結するほどの寒冷条件にさらした場合は、組織のダメージが非常に強いとされているので、温水解凍は熱傷を起こさないように温水のしっかりした温度管理ができる設備と患部を再凍結させない温かい環境が十分に確保されたうえで行うべきです。
低体温症は深部体温が35度未満になった状態と定義されています。大体32度未満が中等症、28度未満が重症と分類されています。治療は全身の加温が基本になります。もっとも簡単な方法は重ね着などで体温の放出を防ぐことですが、中等症以上に低体温症が進行すると震えて体温を上昇させようとする体の防御機能がなくなりますので、自力で回復することが困難になります。ですので、暖房や温かい飲み物などで積極的に温めることが重要になります。
ほか、あまり知られていない問題は、乾燥です。
暖房が利いた南極の基地の中では湿度は7%程度まで低下することもよくあります。また屋外でも呼吸によって水分が蒸発しますので、汗をかかないため余計に脱水に気づかず過ごすことが多いようです。実際54次隊でも越冬が始まった当初は約半数の隊員で血液が濃縮された状態になっていたため、積極的な飲水を指導していました。また、野外医学の教科書でPolar Handとして紹介される病態もあります。乾燥によって皮膚の角質がひび割れ、痛みをもたらすもので、主に手足の皮膚の厚いところに生じます。予防方法としてはワセリンなどによる保湿が推奨されていますが、意外と市販のハンドクリームが有効でした。
ほか、野外医学の教科書では極地医学の特殊性として動物などによる攻撃も指摘されています。
昭和基地周辺ではアデリーペンギンとコウテイペンギン、ウェッデルアザラシがみられます。大型のコウテイペンギンはフリッパ(鳥類の翼の部分)でたたかれると骨折することがあるといわれていますし、小型のアデリーペンギンでもくちばしによる攻撃でペンギンの研究者が負傷した例も報告されています。しかし、ペンギン専門の研究者はさておき、観測隊員は法律で動物に接近してよい距離が決められていますので、一般隊員が負傷することはありませんでした。
ヒョウアザラシのようにペンギンなどを捕食する種類のアザラシでは水中に人が引きずり込まれるという被害は報告されていますが、ウェッデルアザラシはオキアミなどを主食とする非常におとなしい種類ですので、昭和基地周辺ではアザラシによる被害もありませんでした。
ただし、北極にはホッキョクグマという地上最大の肉食獣が存在するので、同じ極地とはいえ、非常に注意が必要です。

医療訓練風景

医師の日常業務